×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

  模倣犯                宮部みゆき:著

STORY
公園のゴミ箱から発見された女性の右腕は、 人間狩りの快楽に身を委ねた犯人からのメッセージだった。右腕の発見者である少年 と、 孫を殺された老人は、独自に殺人犯に挑む。被害者の遺族が抱える不条理を問いかけ る犯罪小説。



マグリット・陵辱 シュルレアリスム(超現実主義)の画家ルネ・マグリットに「陵辱」という衝撃的な 作品があります。
女の人の顔のアップの絵なのですが、顔にあたる部分が女性の裸体になっています。
ショックな作品ですが、加害者には被害者がこう見えるのかもしれないと思いました。 両親から先祖から受け継いだ、そして年月や体験から自分自身で作った顔。その顔が ない。
すべてがそうとはいえませんが、銀行やコンビニの強盗も、きっと自分が脅している 人の顔や過去を 見ないからこそ、出来てしまうのかもしれません。

でも「模倣犯」のピースは違う。

被害者の顔をよく見つめ、性格や過去を理解した上で、被害者に希望を持たせて突き 落とす。
そしてその死を、ピースが観客と思っている多くの人に、よりショックを与えるよう に公開し、 そして被害者の家族には、遺体に被害者との思い出となるものを添えて、更に悲しみ を増幅させる。
遺族にとって、支えとなるだろう死んでしまった人との楽しかった思い出さえも、思 い出したくなくなるように。
マグリットの絵のように、顔がないと思えるのは被害者ではなく、加害者であるピー スに思えます。
私は初めピースという人物は栗橋浩美の妄想の中の人物だと思っていました。 もしくはもう1人の加害者栗橋浩美が二重人格で、自分の中のもう1人の自分と一緒 に2人で犯罪を計画する。 だから、実行犯は本当は1人なのだと。優しい高井和明は、栗橋浩美の作る物語に合 わせて、 ピースが本当にいるかのように話をしているのだと、途中まで思っていました。 小学生の由美子が図書館で栗橋浩美とピースに会うシーンで、それは消えましたが。

高井和明は、良い意味でも悪い意味でも“神様”を感じました。
神様は美しい姿で現れる訳ではなくて、貧しい姿だったり、醜い姿だったりして、時 に人を試します。
そして弱い者への深い慈愛。でも贔屓をしているわけではないのに、その慈愛は時に 偏ってしまう。
聖書には詳しくはないので、解釈は間違っているのかもしれませんが、「迷える小羊」 の物語を思い出しました。
100匹のうち、迷ったたった1匹の羊を救う。その優しさを感じると共に、残った99 匹の運命をどうしても考えて しまいます。
高井和明は、深く深く堕ちてしまった栗橋浩美を地上に戻して、そして死なせた。
普通ならとても救えない、誰も救おうとしない人間を。
でも、妹の由美子を始めとした自分の家族を深い絶望に落とし、もう少しだけ勇気が あれば救えたかもしれない 最後の被害者を死なせてしまった。
高井和明はきっと天国に行けると思います。でも、地上では味わなかった幸せを、天 国でただ楽しむのではなくて、 天国から地獄に落ちた栗橋浩美に、蜘蛛の糸をおろすのだろうなと思ってしまいます。
天国から糸がおろされる、たった一つ栗橋浩美のした良いこと。雪だるまが怖いと言っ て泣いた由美子に、 顔が見えないようにと、重い雪だるまを動かしてあげたこと。高井和明が死ぬ直前に 思い出したこの美しい風景に 涙が出てしまいました。
「模倣犯」の中の“神様”は、そんな小さな“良いこと”を覚えていて、罰するので はなく、 救う存在なのだと、私は思いました。
それは高井和明だけではなく、もっと高い所から見下ろす宮部さん御自身かもしれま せん。
マグリット・光の帝国 私が「模倣犯」で一番好きだったのは、有馬義男老人でした。
高井和明には“神様”を感じましたが、有馬義男はもっとピュアで、天使性を感じま した。
この物語の中の父性の象徴でもあるかもしれませんが、大人で老人で、様々な出来事 を乗り越えてきたはずなのに、 とても純粋で澄んでいて。絶対悪であるピースでさえも、拍子抜けしてしまうほどに。
最初の方の、死体の身元確認のため、警察で娘の満智子と待っている場面。不安で仕 方ない娘の手を何十年ぶりかに つなぐ場面に、最初に泣きました。夫と離婚し母と死別し、頼れるのは老いた父親だ けという娘。 そんな娘がかわいそうでならない父親。
「お父さんの娘で本当に良かった」という言葉を言うのは、結婚の時だけならいいの に。

事件で華族を失った時、犯人が捕まれば、犯人が死刑になれば、1つの解決になりま すが、 被害者や遺族は救われるのでしょうか。
少なくともこの物語の加害者の末路は、その最善の解決で終わっています。
有馬老人の言葉があまりに印象的で、心を揺さぶられます。
「終わってなんかいねえよ。鞠子は帰ってこねえんだよ。鞠子を返してくれよ。鞠子 を返してくれよ。 俺の孫を返してくれよ。たった1人の孫だったんだ。返してくれよ」

かけがえのない人、かけがえのない思い出、かけがえのない命の大切さを思い出させ てくれる物語でした。

マグリット・大家族
マグリット「大家族」