双子の星

宮沢賢治



天の川の西の岸に、すぎなの胞子ほどの小さな星が見えます。あれはチュンセ童子とポウセ童子といふ双子のお星さまの住んでゐる小さな水精(すいしやう)のお宮です。

宮沢賢治の『双子の星』は、こんな言葉で始まる美しく優しい童話です。
チュンセ童子とポウセ童子は夜になると、お宮に座って、空の星めぐりの歌に合わせて、一晩笛を吹くという役目がありました。

その仕事は簡単なようでいて、毎日こなすのはたいへんなのです。
大烏(おおがらす)の星と蠍(さそり)の星が喧嘩して、お互いに致命傷を与えてしまい、チュンセ童子とポウセ童子は大烏から毒を抜き、蠍を家に送ることになります。
笛を吹かなければ、天の王様に叱られてしまいますが、空に蠍星がいなければたいへんだと、優しい2人は笛を吹く時間を過ぎても、重い蠍を運び続けます。

けれど王様は2人の優しさをご覧になっていて、稲妻を使いに寄こし、意地悪だった自分をすっかり反省した蠍に薬を与え、稲妻にチュンセ童子とポウセ童子を2人の宮に送り届けさせ、いつもの通り、優しい笛の音が空に響きわたるのです。

この空の星めぐりの歌は、私も小学校の頃七夕に歌った曲でした。



   「星めぐりの歌」

   あかいめだまの さそり
   ひろげた鷲の  つばさ
   あをいめだめの 小いぬ、
   ひかりのへびの とぐろ。

   オリオンは高く うたひ
   つゆとしもとを おとす、
   アンドロメダの くもは
   さかなのくちの かたち。

   大ぐまのあしを きたに
   五つのばした  ところ。
   小熊のひたいの うへは
   そらのめぐりの めあて。



チュンセ童子とポウセ童子の双子星に、ある日とんでもない出来事がおこります。
空が黒雲で覆われ、地上では大雨が降っている、笛を吹かなくて良い夜、それでも双子の星は笛を吹いていましたが、訪れた彗星(ほうきぼし)に強引に誘われて、彗星のしっぽにつかまって旅に出るのです。
その彗星は悪い星で、途中で双子の星を、海に落としてしまいます。

海には罪を犯して落とされた星がヒトデになっています。
けれど、罪を犯したヒトデには頭の上に黒い影法師があるのに、双子の星には後光が差しているのです。
賢い海蛇がそんな2人の後光に気付き、海の王様の所に連れて行き、王様が竜巻に命じ、2人を天に送ってくれます。

そしてその夜もまた双子の星が吹く銀の笛の音が空に響き渡るのでした。


宮沢賢治の童話は、どこか悲しみや寂しさが漂っている作品が多いように思います。
『銀河鉄道の夜』や『よだかの星』、『オツベルと象』など。
けれど、この『双子の星』は、誰も死ぬことなく、優しい暖かさと無邪気さに満ちた童話らしいお話です。
傲慢だった蠍は自分を反省し、双子の星に嘘をつき意地悪をした彗星は罰を受け、海に落とされます。
どんな困難に陥っても、双子の星は無邪気さ素直さ正直さを失うことはありません。
天の王様を神様と考えるなら、チュンセ童子とポウセ童子の双子の星は、天使のように思えます。
星たちの住む天の描写もさることながら、双子の星が彗星によって海に落とされる描写が素晴らしいです。
すーっと、美しい流れ星が海へと落ちていくのが、目に見えるようでした。
海の描写も美しく、海蛇が双子の星を海の王様の所に連れて行く場面では、赤く光るヒトデが2列になって街灯のように立ち、その間を双子の星達が行くのです。

罪を犯し天から落とされヒトデになった星達。ふと聖書に出てくる悪魔も、もとは天使だったということを思い出しました。
けれど、賢治の描く海の世界に地獄の暗さはありません。ヒトデ達も罪を償ったとき、もう一度星に戻れるのかもしれません。

星の見えない夜も双子の星達は笛を吹いています。
七夕の夜がたとえ雨であっても、織姫と彦星は、双子の星の笛の音を聴いているのだと思います。


2003.7.7.