半 落 ち

横山秀夫 著/講談 社



「2003年版 このミステリーがすごい!」「2002傑作ミステリーベスト10」の国内部 門で1位をW受賞して、話題となった作品です。

現職警部による嘱託殺人。
容疑者に関わった警察官、検察官、新聞記者、弁護士、 裁判官、看守の視点による6つの章に 分かれて、事件の真相を求めていく物語です。

W県警の梶聡一郎警部が妻を殺したと、自分の所属するW県警に自首の電話をかけて くるところから物語は始まります。
梶警部は警察学校で長年教官を務め、書道の達人で、温厚、生真面目なタイプでした。
梶は犯行事実を完全に認めます。
白血病で1人息子を亡くし、アルツハイマー病 と診断された妻と二人暮らしで、病苦に苦しむ妻の 頼みに答えて扼殺したと話します。
現職警察官の犯行とのことで、警察もマスコミも揺れますが、事件そのもののは 犯 人の自首、自供により“解決”したはずでした。
けれど自首までに空白の2日間があり、それについて梶は頑として口を閉ざします。

真実を半分しか自白しない「半落ち」――。

やがて梶がその空白の時間に、歓楽街新宿歌舞伎町に行っていた事実が判明します。 妻の遺体を残したまま――。
県警上層部は隠蔽工作を計り、その工作に気付いた検察、新聞社との取引きや駆け引 きなど、それぞれの利得のため、「半落ち」を 知りながら追求せず、「半落ち」のまま刑務所へ梶は送られてしまいます。
正義をかざす者達の闇を描きながら、一方容疑者である梶は、その間ずっと不思議に 澄んだ目をしていました。
そしてれぞれの章の6人は、その目に不思議と惹き付けられながら組織にのまれ、 「半落ち」のまま梶はそれぞれを流れていき、物語は進んでいくのです。

事件後捜索された梶の自宅の書斎にあった“人間五十年”という梶の書。
49歳の梶――。

その書を見た、県警本部捜査官の志木、検察官の佐瀬は、梶が50まで生きた時、自ら 命を断つことを感じます。
それならば、何故妻を殺した時点で死を選ばなかったのか。
全てを失い、恥をさらしながらも、何故その1年を生きようとするのか。

思いがけない結末を迎えますが、読後感はとてもいいものでした。
警察小説、犯罪ミステリーでありながら、この本の中には、それでも人間は素晴らし いと思えるような、 素敵な奇跡がありました。
それは神様が起こした奇跡ではなく、人間が起こした奇跡でした。

病気の苦しみというのは、本当になってみなければ分からないと思います。 その苦しみを見る家族の悲しみも、なってみなければ。
梶と同じ悲しみを持った人は、一番早くにこの物語の答えを見つけるような気がしま す。

そしてもう一つ素敵だなと思ったのは、この本のそれぞれの章で梶と関わる6人。警 察官、検察官、新聞記者、弁護士、裁判官、看守。
それぞれが梶に何かを与えられ、それぞれ何かを与えています。
誰の存在も少しも無駄ではないのです。登場人物として。人間として。

人を殺した罪の重さ、人間の裏側。幸せな物語ではありませんが、黒い装丁の本の中 に、意外にも小さな天使が住んでいます。
それは人間が起こした一つの奇跡です。