恐るべき子供たち

作:ジャン・コクトー



ジャン・コクトーの傑作小説です。
美しく残酷で無邪気な子ども達の物語です。
美しく我が儘で残酷な子供達、エリザベートとポールの姉弟は、とても魅力的で、こ の子ども達の作り出す独特の童話世界にに酔いました。
大人にならないからこその美しさ、大人にることを拒絶したための悲劇。

児童文学の名作『飛ぶ教室』や『クオレ』のように少年達の無邪気な雪合戦から物語 は始まります。

『飛ぶ教室』や『クオレ』もそうですが、このコンドルセ高等中学の生徒達の雪合戦 も、子どもと言えど小さな戦争のようにハードなもので、 血を流す負傷者が続出します。

その雪合戦の中、少年ポールは仲間達の間で英雄扱いをされている(“学校の雄鶏”と表現されています)ダルジュロス を探していました。

ポールは、美しく大胆なダルジュロスが大好きなのですが、その思いについてコクトー の表現はどこか病んでいて美しいのです。
“それは救いようのない、漠然とした強烈な苦しみであ り、性欲も目的も伴わぬ清浄な欲望であった”

ポールがダルジュロスを見つけ、彼の元へと駆け寄ろうとした時、そのダルジュロス が投げた雪つぶてが二つ、ポールの口元と胸にあたります。

血を流し雪を赤く染め、ポールは倒れます。

先生達が関係者を問いつめます。
“美の特権は偉大である。美はそれを認識しない人びと にも働きかける。先生たちはダルジュロスを愛していた”

困惑する教師達に、ポールの友人ジェラールは雪つぶての中に石が入っていたと言い ましたが、ポールは 違うとダルジュロスを庇いました。

その後ジェラールに送られ家に帰ったポールは、その負傷がきっかけで潜んでいた病 が現れ、学校をやめることになります。

ポールのひ弱さを愛していたジェラールは、ポールとその姉エリザベートに、この先 いつでも会えることを、密かに喜びます。

一方ダルジュロスも校長に胡椒を叩きつけ、放校処分になります。
そしてそれを聞いたポールば学校のお祭りの時の劇で、ダルジュロスが女役を演じた 美しい写真を宝物箱に入れます。

病気で寝込んでいたエリザベートとポールの母が死に、2人は孤児になります。
モンマルトルの小さなアパートの一室。母親の死後部屋が開いても2人は一緒の部屋 で生活を続けます(双生児のゆりかごに入れられたよう な形で)
いつの間にかポール以上にエリザベートに惹かれているジェラール(彼も孤児)も加 わります。

外界ら切り離されたような子ども部屋の世界。
エリザベートとポールは、互いに強い愛情を持ちなズら、 相手を傷つけあっています。

モンマルトルで三年の月日が過ぎ去ります。
“いつも変わらぬ凶暴な夜、いつも変わらない重苦しい 朝、そして子供たちが漂流物のように、昼間のもぐらもちのように なってしまう。いつも変わらない長い午後”

ところが突然きまぐれからエリザベートは、洋裁店でマネキンの仕事を始めます。
そしてエリザベートはそこで同じ仕事をしていた孤児のアガートという少女を子供部 屋に連れてきます。
いきなりの侵入者なのにポールは抵抗しませんでした。

ある日、エリザベートが宝物を整理している時、横からアガートが「あら、あなた、 私の写真を持っているのね」と 1枚の写真を取り上げます。

それはダルジュロスの写真でした。

突然エリザベート大金持ちのユダヤ系アメリカ人ミカエルと結婚します。
ところがそのミカエルは結婚の日に、自動車事故で死んでしまいます。
首にまいていたマフラーが風になびいて、車輪に吸い込まれての事故でした。
まるで運命がエリザベートを少女のまま守るように。

莫大な財産を受け継いだエリザベート。豪華な屋敷にまた子供部屋は作られます。
ところがエリザベートは、ポールとアガートが、お互いに気付かないまま、愛しあっ ていることに気付きます。

姉弟の世界を壊したくないエリザベート。彼女はたくらみ嘘をつき、無理矢理アガー トとジェラールを結婚させてしまいます。

表面は祝福するポール。
けれど夜になると夢遊病になって家を歩き回ります。

顔色が悪くなっていくポールに、ある日ジェラールが何気なく言いました。
「あててごらん、ぼくが誰に会ったか」
顔を膨らませるポール。
「ダルジュロスだよ!」


ダルジュロスはジェラールがポールとよく会っているということを聞くと(ダルジュ ロスはポールのことを、雪の球を ぶつけられた奴、“雪の球”と呼んでいます) ポールへのプレゼントと小さな包みを渡します。
それはあの頃ポールがほしがっていたものでした。

“毒薬”

子供部屋にきた最高の玩具が物語を終わりに導きます。


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久し振りに読み返してみて、ストーリーはもちろんのこと、詩人でもあるコクトー書 いたの言葉の美しさに魅せられ ました。

青い色が付いた所が主な引用箇所です。

この子ども達は、キリスト教なら、天使というよりも堕天使になるでしょう。
母親が死んだ時、口ゲンカをしていて気付かなかった姉弟。けれど2人は母を愛して はいたのです。

この姉弟の関係はキリスト教よりももっと以前のギリシャ悲劇を思い出します。
残酷でとても美しい。
そういえばギリシャ神話には天使よりも前に、翼で空を飛んだイカロスという少年が いました。落ちてしまいましたが。

エリザベートとポールの愛しあいながら傷つけあう関係にとても惹かれます。
兄妹ではありませんが『嵐が丘』のキャサリンとヒースクリフも、それに通じます。
それは子どもでしか築けない関係のように思えます。
とてもとても惹かれます。

神か運命か、いつでも2人に居心地の良い子ども部屋を与えます。
ジェラールとアガートは姉弟を愛し、子ども部屋にも入れますが、結局は住人にはな れません。
印象は薄いものの、ジェラールには一番感情移入をしました。彼は読者の“目”のよ うな存在なのかもしれません。
そしてジェラールとアガートは共に親のいない孤児。それが、部屋に入れた理由かも しけません。

それに比べて、始まりと終わりにだけ登場したダルジュロス(ギリシャ的な名前です) には、強い印象を抱きます。
堕天使どころか彼は悪魔そのものでしょう。

ダルジュロスは“雪の球”でポールを病にし子ども部屋へと導き、そして最後には “毒薬”を渡します。
ダルジュロスに似たアガートは、かわいそうだけれど彼の影に過ぎないでしょう。

鮮やかに浮かび上がるのは子ども部屋で喧嘩とじゃれあいの狭間の姉弟と、白い雪の 少年達の人込みの中に、やはり 輝きを放つダルジュロスの姿です。