トミノの地獄
西條八十
詩集「砂金」より


姉は血を吐く、妹(いもと)は火吐く、
可愛いトミノは宝玉(たま)を吐く。
ひとり地獄に落ちゆくトミノ、
地獄くらやみ花も無き。
鞭(むち)で叩くはトミノの姉か、
鞭の朱総(しゅぶさ)が気にかかる。
叩けや叩きやれ叩かずとても、
無間(むげん)地獄はひとつみち。
暗い地獄へ案内(あない)をたのむ、
金の羊に、鶯に。
皮の嚢(ふくろ)にやいくらほど入れよ、
無間地獄の旅支度。
春が来て候(そろ)林に谿(たに)に、
暗い地獄谷七曲り。
籠にや鶯、車にや羊、
可愛いトミノの眼にや涙。
啼けよ、鶯、林の雨に
妹恋しと声かぎり。
啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、
狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、
可愛いトミノのひとり旅。
地獄ござらばもて来てたもれ、
針の御山(おやま)の留針(とめばり)を。
赤い留針だてにはささぬ、
可愛いトミノのめじるしに。




不思議な味わいの、美しい詩です。
真っ赤な彼岸花をふと、思い浮かべました。

「かごめかごめ」や「花いちもんめ」など、少し残酷で不気味な童謡はありますが、童謡とは少し違うような気がします。
それにしても、残酷な味わいながら、なんてきれいな日本語で、彩られているのだろうと、とてもひきつけられます。

西條八十(1892〜1970)は、大正から昭和にかけて活躍した詩人です。
26歳の頃、鈴木三重吉の創刊した「赤い鳥」に、「唄を忘れたカナリヤ」を発表して一躍有名になりました。27歳で処女詩集「砂金」を発表して、たちまち象徴派詩人としての名声を高めました。
詩「トミノの地獄」は、この詩集に収録されています。

大正時代特有の、洋と和がほどよく混ざり合った、独特さがあります。
硝子や洋燈という漢字が、ガラスやランプよりも、より美しく幻想めいて感じられるのは、何故なのでしょう。
長野まゆみさんや京極夏彦さんの、難解な漢字の混ざった独特の文章に惹かれるのも、同じ気持ちです。
遊園地で、数々の高度で凝ったアトラクションがある中で、回転木馬(メリー・ゴーランド)に惹かれてしまうのは何故なのでしょう。

英国のマザー・グースを含めて、童謡は深く追求しないで、雰囲気を味わえば良いと思っていますが、なぜトミノは地獄に降りなくてはいけなかったのか、何故姉はトミノに鞭を振るうのか、妹恋しと書かれているのなら、妹とトミノは仲がいいのか、鶯や羊はいったいなんなのか、疑問は深まるばかりです。

詩の中に鮮やかな色が浮かびます。

まずは鮮やかな赤。
姉の吐く火と、妹の吐く血の赤さ、トミノの吐く宝玉も紅玉(ルビー)のような気がします。

そして地獄の暗闇。
暗い中に鬼火のように、様々なものが浮かび上がります。
緑色の鶯や羊(白ではなく金色だと思っています)、そして、鮮血のように鮮やかな狐牡丹の花。

闇の中に響き渡る鞭の音や、鶯の鳴き声。
きっと鞭を振るう姉も、鶯も、とても美しいのでしょう。

美しくて、残酷で・・・。
暗黒のオペラを見るような気持ちになりました。