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   木かげの家の小人た ち
作:いぬい とみこ 福音館文庫  

“人はそれぞれ地上のどこかに「だれもゆけない土地」をもって います。その人自身のいちばんたいせつな、 愛するものの住んでいる不思議な土地を。”

この本のプロローグは、こんな優しい言葉から始まります。

“ぼくのもっている「だれもゆけない土地」
そこにはケヤキの木に かこまれた一軒の家が建っています。 庭にはアンズやクリやイチジクや、サクランボのなる木が茂っていて、 大きい男の子と中ぐらいの 男の子と、とても小さな女の子が住んでいます。”

その女の子は5、6歳てです。
夏の午後、その家の庭で兄妹達と水 遊びしたこと。イチジクの木に登って実を とった楽しい出来事を大人になった“ぼく”が語ります。
けれど“ぼく”の「だれもゆけない土地」は、第二次世界大戦が始まり、 “ぼく”が疎開している間に空襲 で焼けてしまいます。


この物語は、この“ぼく”が主人公ではありません。


主人公はこの“ぼく”の「だれもゆけない土地」にいる小さな女の子と、 その女の子の 「だれもゆけない土地」に住んでいた小さな人々です。
成長した“ぼく”が、成長した女の子“ゆり”に教えてもらった「だれ もゆけない土地」の物語です。

    


昭和18年6月――。 明治の末に建てられた、大きなケヤキのある洋館。その2階には古い外 国の本がたくさんある書庫がりました。
この書庫の天井近くには、イギリスから来た小人の一家が住んでいまし た。


この小人達がこの家に住むようになったのは、30年ほど前の大正2年の 夏。
この家の今の主人である森川達夫が子どもで、尋常小学校の3年生の時 でした。 その達夫が2人の男女の小人を、バスケットに入れて連れて来たのです。

その小人達を託したのは、イギリスから日本に渡り、20年間達夫のよう な子ども達に英語を教えていたミス・マクミランでした。
ミス・マクミランが突然帰国することになり、お別れに来た達夫にバス ケットに入ったこの小さな人達を渡したのです。

――この中にいます「小さい人たち」のために、ミルクを運んでくださ いますか。毎日、まどのしきいの ところに、1ぱいのミルクを出しておくのです!


達夫は約束通り、ミス・マクミランがくれた空色のコップに牛乳を入れ て毎日1杯、小人達に運びました。

そして2人男女の小人、バルボーとファーンに、アイリスという女の子 とロビンという男の子が生まれます。

この小人達のことは大人には秘密で、この牛乳運びは達夫が中学生にな ると、体が弱く心優しい妹ゆかりに引き継がれます。

けれどゆかりは肺炎で、小人達のことを気にかけながら亡くなります。

その後この牛乳運びは、オーストラリアから日本に来て、この家で暮し ていた達夫の年下の従妹透子へと受け継がれます。


そして30年が過ぎました。
子ども時代小人へ牛乳運びをした達夫と透子は結婚しました。
そして牛乳運びの役目はは生まれた3人の子ども達へと、受け継がれた のです。

優しくて考え深い長男の哲へ、はにかみやで気性の激しい次男の信へ、 そして幼くして亡くなった叔母ゆかりに似た 病弱で心優しい末娘のゆりへと。


けれど日本に戦争の影が差し始め、本当は優しいものの正義感溢れる信 は愛国心から、敵であるイギリスから来た 小人達を疎み始めます。

「この非常時にヤミの牛乳なんて!」と信に冷たく言われたゆりが、泣 きながら小人達に牛乳を運んできます。

ある夜、ゆりが牛乳を運ぶのが遅れてバルボー達は心配します。
結局ゆりはその日夜遅く目を泣きはらして、空色のコップに牛乳を持っ てきました。
英文学者で広い見識を持った父達夫。戦争は間違いと言い続けたため、 警察に連れて行かれたのです。

そして森山家の財政は逼迫し、戦火も激しくなってきます。

ゆりは田舎へ集団疎開をすることになります。小人達と一緒に。


戦争による森山家の変化は、書庫の中の世界しか知らなかった小人一家 にも変化をもたらしました。

小人の少年ロビン(小人の成長は人間よりも遅いのです)は時々天井か ら外に出て、家の近くを飛び回るハトの弥平と親しくなります。
姉のアイリスもまたつられるように外に出て、 子ども達は仲良しのハトに乗って外を飛びます。

けれどひどくなる戦火を感じ取ったハト達もまた東京を離れていきます。
疎開先で会うことを約束に弥平と小人の子ども達は 別れます。

そして森山家に連れてこられた時のようにバスケットに入れられ出てい く小人一家とゆり。


田舎でも牛乳はめったに手に入れられず、ゆりは粉ミルクを少しずつ溶 かしたりして、必死に小人達にあげ 続けますが、ついにそれもできなくなります。

約束は果たせなくなり、小人達はゆりの元を出て、外の世界へと旅立ち ます。


森山一家が家族全員で暮らせる日は来るのか。小人達はゆりの元へ戻っ てこられるのか。 物語は進んでゆきます。

    


物語の後半で分かりますが、小人達を託したミス・マクミランは西洋が 失った「美しい心」を求めて 日本にやってきたのです。
しかし日本はその「美しい心」を捨て、 西洋に追いつきたい一心で 軍部が力を持ち「心」は失われていきます。
それを批判したばかりに、本国へ強制送還されるミス・マクミランは、 赤ちゃんの生まれるバルボー夫婦を、 残っているだろう「美しい心」を信じて達夫に託したのです。

その「美しい心」ゆえに悲しい目にあった牛乳運びの子ども達。
達 夫、透子、父と同じように戦争に疑問を持った哲、 そしてゆり。
コップの空色、ミルクの白は「美しい心」の象徴なのでしょうか。

それぞれの「だれもゆけない土地」。
ゆりの、バルボー一家の、達 夫の、ミス・マクミランの、 そして“ぼく”の。

――その人自身のいちばんたいせつな、愛するものの住んでいる不思議 な土地。

この美しい土地を本の中で訪れることができたのを幸福に思います。
そして物語の人物達が「美しい心」を受け継ぎ続けた優しさに出会えた 幸福。
この物語を読み、空色のコップを託されたのは、自分なのかもしれない と、ほんの中の「だれもゆけない土地」を 訪れさせてもらい、思いました。