野ば ら

作:小川未明


「野ばら」というと、シューベルトやウェルナーが歌曲にした、ゲーテの「野ばら」 という詩を思い出します。

 童(わらべ)は見たり 野なかの薔薇(ばら)
 清らに(きよらに)咲ける(さける) その色愛でつ(めでつ)
 飽かず(あかず)ながむ 紅(くれない)におう
 野なかの薔薇

この詩で野ばらの色は“紅”と歌われています。

けれど、野ばらは普通のバラと同じように(本当は野ばらの方が原種なのですが)赤 だけでなく、白やピンクがあります。
一重で小さな可憐なバラです。

小川未明の童話「野ばら」の野ばらは白いバラでした。

とても短い物語です。


大きな国と小さな国とが隣り合っていました。
2つの国はしばらくの間、平和で何もありませんでした。

2つ国の都からずっと離れた国境を、それぞれの国から派遣された兵隊が1人ずつ守っ ていました。
大きな国の兵士は老人で小さな国の兵士は青年でした。

国境は特に人も訪れず、2人は仲良くなリます。

うららかな春、国境には自然に咲いた野ばらがありました。
平和で、静かで、音といえば、野ばらの甘い香に誘われたミツバチの羽音だけでした。

けれどやはり国境にも冬が来て、そんな時、老兵士は家族のいる南を恋しがりました。

けれどまた春が来た時、平和だった両国は戦争を始めてしまいました。

小さな国の青年の兵士は、戦争に参加するため、北の方へ行ってしまいました。
独りぼっちになった老兵は青年のいないさびしい日々を送り始めます。
都から離れた国境は戦争の音など何一つ聞こえません。

ある日国境に1人の旅人が訪れます。
そして老兵に告げます。
小さな国が負けて、その国の兵士はみな殺しになって、戦争は終わったと。

老兵は仲良しだった青年兵士は死んだのだと思いました。 そして国境にある石碑のところでうつらうつらとしていると、彼方から大勢の人が 来る気配がします。
見ると、それは1列の軍隊で、その先頭にいるのは、あの青年兵士です。
その軍隊はとても静かで、青年兵士は老兵に黙礼をすると、野ばらの香りを嗅ぎま した。

老兵が声をかけようとした時、目が冷めます。夢だったのです。

そして一月ほどして、野ばらはかれてしまいます。
そして老兵は南の故郷へと帰ってしまいます。



野ばらはおそらく2つの国の平和の象徴だったのでしょう。
大きな国小さな国の兵士は、2人とも心の優しい人でした。
都から離れていて何の情報もないからかもしれませんが、とても仲良しでした。

戦争は悲しいです。

2つの国の兵士が仲良しの場所。
戦争の音が聞こえない場所。
2つの国の境に咲く白い野ばら。
寂しい国境が神様の庭のように思えました。