時 の 旅 人

アリソン・アトリー 作/松 野正子 訳(岩波 少年文庫)


ロンドンに住む病気がちで、想像力豊かな少女ペネロピーは、静養のため、 北のダービシャーにある母方の親族の農園に預けられま す。
かつて貴族の荘園であったサッカーズ、大伯母のティッシーおばさんの家は、 16世紀バビントンという貴族の お屋敷の一部をそのまま使っている古い屋敷です。
ある日ペネロピーが廊下のつきあたりのドアを開けると、部屋に16世紀の貴 婦人がいたのです。
そしてペネロピーの、現代と過去を往復する旅が始まります。

フィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』やL・M・ボストンの『グリー ン・ノウのこどもたち』のように、 英国児童文学には、素敵なタイムトラベル・ファンタジーがあり、私は大好 きなのですが、この本もそんな素敵な 1冊でした。

ペネロピーの母方の祖先はずっとこの地方に住み続けて、ペネロピーはその 血を濃く受け継いでいます。
ペネロピーが迷い込んだ過去のサッカーズのバビントン屋敷には、ティッシー おばさんそっくりの祖先シスリー おばさんがいて、ペネロピーがティッシーおばさんと間違えた事から、ペネ ロピーはシスリーおばさんの姪と してバビントン屋敷で働くことになります。

農民は読み書きすら習えない時代、未来の世界で教育を受けたペネロピーは、 当主であるアンソニー・バビントン とその家族と親しくなっていきます。
けれどぺネロピーの持っている知識は、読み書きや本の知識だけでなくなく、 バビントン一族の悲劇的最期 をも知っているのです。

イングランドは当時エリザベス1世の時代で、アンソニー・バビントンは密 かに、イングランドの王位継承権を 持つスコットランド女王メアリー・スチュワートを支持していました。
その時、メアリーはエリザベスによって幽閉されていました。
アンソニーはそれを救い出そうというのです。

メアリーが処刑される未来をペネロピーは知っています。けれどその悲劇を 知っていながらペネロピーは アンソニーを止めることができないのです。

ペネロピーはまた、アンソニーの弟であるフランシスと仲良くなります。

現代から来る時、過去の時代から見れば少年のようなショートパンツをはい て、過去ではいつも下働きをしているペネロピーは ある日、現代から緑のシルクのきれいなドレスを着て過去に来ます。
それを見たフランシスは楽しそうに歌いだします。

 グリーンスリーブスはわがよろこびよ、
 グリーンスリーブスはわがたのしみよ、
 グリーンスリーブスはわが心の宝、
 ああ、うるわしのレディ・グリーンスリーブス。

「ロンドンで流行っているんだよ」とフランシスが言ったこの“グリーンス リーブス”は、 緑のドレスの美しい貴婦人を歌ったイギリスの古いバラードとして 今も親しまれています。

けれどペネロピーが成長すると過去へ次第に行けなくなってきます。
現代で耳にした“グリーンスリーブス”の歌、ペネロピーは過去のその歌を 思い、胸がつまらせます。

ほんの一瞬だけ過去に姿を見せ消えていくペネロピーにフランシスが歌う “グリーンスリーブス”が とてもせつなかったです。

とても美しく川のように流れていく時と、命の尊さを感じました。
過去であれ、未来であれ、その時をせいいっぱい生きる美しさ。

私はペネロピーのように時を超えたことはありません。
けれど遠い昔に 書かれた文学の言葉がハッと心に触れる 瞬間、本の登場人物や、本を書いた作者が、誰よりも近くにいることを感じ ることがあります。
不思議な感覚。だから本を読むのがやめられないのですが。

この物語で何より美しいのは、16世紀から変わる事のない自然の美しさです。
ロンドンで体の弱かったペネロピー、サッカーズの美しい自然と安らかさが ペネロピーにも流れ、彼女を強くします。

この物語には、ハープ園という美しい庭が出てきます。
ハーブがとても美しく効果的に使われているのです。
ペネロピーが現代で古い衣装箱(チェスト)を開けた時、ハープの香がしま す。そしてティッシーおばさんに それが虫よけのクルマバソウとヨモギギクだと教えられます。
過去をつなぐ衣装箱のハーブ。

過去のバビントン屋敷には大きなハープガーデンがあります。
ペネロピーにハープガーデンの場所を教えるシスリーおばさんの言葉。

「ビールに使うハーブは畑と生け垣から、ポセット用のはイチイの垣根のむ こうのハープガーデンへ行かねば。 魚料理に使うウイキョウ、フォルジャム奥方様のお体のためにヘンルーダと ルリチシャ、お若いバビントン 奥様は枕の上にレモンバームをまくのがお好きだから忘れずに一つまみ。コ ンフリーをたっぷり床にまく ハーブと、火にかけてある鹿肉のシチューに入れる月桂樹の葉もね」

他にも「サラダ用に小川でクレソンとミントをつんできておくれ」など。

よく分からないハーブもありますが、すごいです。
枕の上にレモンバームなんて、とても素敵な気がします。
そして小川のほとりにクレソンとミント、日本ではガーデニングショップに 行かないとないハーブが自然に そこにはあります。
そして他にもお客様が来る時には、床に月桂樹とローズマリーをまくのです。

ガーデニングの祖である英国には、文学にも花や植物の描写が出てきますが、 これほどハープを美しく効果的に 使った文学は初めてでした。

この物語には過去と現代をつなぐものとして、ハーブの他にキルトも効果的 に使われています。16世紀の衣装 などがそのつぎはぎの中に出てきたり、とても伝統を感じました。


最後にバックに流れている美しいMIDIは“グリーンスリーブス”です(^^)

 グリーンスリーブスはわがよろこびよ、
 グリーンスリーブスはわがたのしみよ、
 グリーンスリーブスはわが心の宝、
 ああ、うるわしのレディ・グリーンスリーブス。

 絹の袖ゆるやかに、
 草の緑の服を着る君、
 君こそ、われらが取り入れの女王。
 ああ、されど君、われを愛したまわず。

 グリーンスリーブスはわがよろこびよ、
 グリーンスリーブスはわがたのしみよ、
 グリーンスリーブスはわが心の宝、
 ああ、うるわしのレディ・グリーンスリーブス。


MIDI:イングランド民 謡「グリーンスリーブス」