絵画:フランスでのマリー・アントワネットの出迎え
A meeting of Marie Antoinette in France.


音楽:ヘンデル 『水上の音楽』より メヌエット
G.F.Händel, Water Music Suite No.1 in F, HWV.348, Minuet.


 1770年4月21日、オーストリア皇女マリア・アントニア(アントワネット)は、フランスに向けて出発しました。
 国境のストラスブールまでは馬車で2週間以上かかり、ようやく5月7日、ライン川中流の無人島で、フランスへの「引渡しの儀式」が行われました。
 そして、オーストリア皇女マリア・アントニアは、フランスのマリー・アントワネットとなったのです。

 儀式の次の日、ストラスブールの大聖堂で、ミサに出席しようとしたアントワネットに、牧師たちが挨拶をしました。その牧師たちの先頭にたって挨拶をしたのは、尊敬すべき大司教ではなく、その甥の副僧正でした。
 聖職者でありながら、どこか世俗的な雰囲気の副僧正、彼こそ、後のルイ・ド・ロアン枢機卿、アントワネットの名を徹底的に貶めることになる首飾り事件の主要人物の1人でした。

 ストラスブールからさらに1週間旅を続け、5月14日、コンピエーニュの森に着いたアントワネットは、そこで国王ルイ15世を始めとするブルボン王家の人々に迎えられました。
 マリー・アントワネットは、未来の夫の祖父ルイ15世に向かって、優美に腰をかがめ、挨拶します。
 60歳のルイ15世は美男子で、女性が大好きだったルイ15世は、愛らしい孫の嫁を大歓迎し、抱き起こし、両頬にキスしました。
 その後で彼は、初めてアントワネットの未来の夫、王太子ルイ・オーギュストを、彼女の前に引き出します。祖父に似ず、お世辞にも美男子といえない内気な少年は、堅苦しく、気まり悪気に立っていましたが、祖父にせかされて、ようやく型通りに花嫁にキスしました。
 馬車にアントワネットは、ルイ15世と王太子にはさまれて乗りましたが、話しかけるのはルイ15世ばかりで、王太子は黙りこくったままでした。
 すでに代理結婚式を済ませた新郎新婦でしたが、王太子は花嫁に、優しい言葉を一言かけるわけでもなく、それぞれ別室で眠ることになりました。
 そして王太子はこの日の日記にただ1行、「王太子妃と会見」と書いただけでした。


ルイ15世 1773年
Louis XV, King of France, 1773.

アントワネットが嫁いできた頃の国王ルイ15世




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