永遠のマリア・カラス


2002年/伊・仏・英・ルーマニア・スペイン合作
上映時間:108分
監督・脚本:フランコ・ゼフィレッリ
脚本:マーティン・シャーマン
撮影:エンニオ・グァルニエル
音楽コンサルタント:ユージーン・コーン
衣装(ファニー・アルダン):
    カール・ラガーフェルド(シャネル)
製作:リカルド・トッツイ
   ジョヴァンネッラ・ザシノーニ

キャスト
マリア・カラス:ファニー・アルダン
ラリー・ケリー:ジェレミー・アイアンズ
サラ・ケラー:ジョーン・プロウライト
マイケル:ジェイ・ローダン
マルコ:ガブリエル・ガルコ

STORY
20世紀オペラ界の伝説的なディーバ(歌姫)マリア・カラスの晩年を描いた作品。けれど伝記映画ではなく、生前のマリア・カラスと親交があったフランコ・ゼフィレッリ監督が、もしこの時のカラスがこうだったらと想像したフィクション。
1976年、かつてマリア・カラスの仕事仲間であり、今はロックバンドのプロモーターとして世界中を飛び回っているラリー・ケリーが、パリの自宅で引きこもり生活をしているマリア・カラスを訪問する。ラリーは一つの企画書を持ってくる。それは、カラスの全盛期に録音した声を使い、今のカラスでオペラ映画を作るという企画だった。日本での公演の失敗で自信を失い、歌うことを拒絶しながら、夜になると自分のレコードを聴きながら泣いていたカラスは、迷った末にこの仕事を引き受ける。



映画使用曲:ベッリーニ「ノルマ」より“清らかな女神”



プッチーニのオペラ『トスカ』に、「歌に生き、恋に生き」という有名なアリアがあります。
20世紀のオペラ界の伝説となったオペラ歌手、マリア・カラスの人生ほど、この言葉があてはまるディーバ(歌姫)はいないでしょう。

ギリシャ移民の2世としてニューヨークで生まれ、紆余曲折を経てイタリアでオペラ歌手としてデビューし、世界中で活躍したマリア・カラス。
華々しく活躍するカラスは、ギリシャの船舶王オナシスと恋に落ちますが、オナシスはキネディ大統領の未亡人ジャクリーンに心を移し、結婚してしまいます。
オナシスとの恋愛期間、そして失恋のショックで悲嘆にくれた長い時間、カラスは、オペラのステージから遠ざかってしまいます。

オナシスと別離したのが1968年、時を経てカラスはカムバックして、もう一度歌うようになり、73年には世界ツアーを行います。
その中には日本もあり、カラスはその日本公演を最後に、ステージから永遠に姿を消します。

この映画は、マリア・カラスが舞台から姿を消した晩年を、生前のマリア・カラスと親交のあった、ゼッフィレリ監督が描いた音楽映画です。
けれど、事実に基づいた伝記作品ではなく、もしこの時のカラスにこんな出来事があったらと、ゼフィレッリが想像して作ったフィクション作品です。

「歌に生き、恋に生き」た女性が、恋を失い、歌わなくなった晩年を、どう考え、生きたのか。

この映画は、使われる歌はすべてマリア・カラスの声を使いながら、一度もカラスの本当の写真、映像を使うことなく、ファニー・アルダンが、ディーバであるマリア・カラスと、人間マリア・カラスを演じきりました。

1976年、52歳のマリア・カラスは、歌うことはもちろん、人前にも姿を現さなくなっていました。
そんな彼女に、かつての仕事仲間で、今はロックバンドのプロモーターとして世界中を飛び回っているラリー・ケリーが、ある企画を持ちかけます。
それは、彼女を主演とするオペラ映画の製作でした。
かつてのように歌うことの出来なくなったカラスは断りますが、ラリーの企画では演じるのは今のカラスでも、声は全盛期の歌声を吹き替えにするというものでした。

映画では触れていませんが、演技力も素晴らしいカラスは、70年にピエル・パオロ・パゾリーニ監督の映画「王女メディア」に主演し、まったく歌わず、女優としての存在感を示しています。

ラリーの企画を一蹴し、二度と来るなと追い返したものの、カラスは毎晩自分の歌声のレコードを聴きながら、むせび泣いていたのです。
それは、オペラ『椿姫』で、主人公である高級娼婦ヴィオレッタが、病気に倒れ、持ち物を売りつくした屋敷で、一人ぼっちで伏せっているシーンを思わせました。
この時流れていたのがプッチーニの『蝶々夫人』の「ある晴れた日に」でした。
すぐ後に打ち砕かれてまう愛と希望を、その運命も知らず歌う悲劇的なアリアです。
暗い部屋に、太陽のような明るく広がる歌声、それに合わせて小さな声で歌うカラスの姿が、とても哀れでした。

そんな事情を知ったラリーは再度カラスに企画を持ち出し、スタジオに連れて行きます。
そこで、彼女はもう2度と見たくない、日本公演で歌ったプッチーニの「私のお父さん」の映像を見せられます。

この曲は私の大好きなアリアで、映画『眺めのいい部屋』でキリテ・カナワが歌ったり、CMに使われたりと、様々な素晴らしい歌手で聞いています。
映像のカラスの歌声は綺麗だと思いました。
けれど、幾度も繰り返し聴いた、キリテ・カナワが歌ったものの方が好きだと思いました。

「こんなものを見せるために私を呼んだの!」と怒るカラスに、ラリーは「待つように」と言って、再度同じ映像を見せます。
その時、私はカラスと同じように衝撃を受けました。
高く美しく、広がる歌声。一番と思っていたカナワに負けない、美しい美しい歌声でした。
同じ声が歌ったのに間違いはなく、本当に微妙な差ではあるのですが。

ラリーはこれを、映像に全盛期の声を合成したと説明します。
そしてカラスに、カラスを知らない若い人にも、その歌声を聞かせ、その映画で、“永遠のマリア・カラス”を作り出そうと言うのです。
迷った末、カラスは承諾します。
しかも演目は、あまりにも有名でありながら、彼女が一度も舞台で歌わなかった「カルメン」でした。

そのオペラ映画「カルメン」の製作現場の描写が、素晴らしかったです。
カルメンを愛するホセ役を演じる歌手を選ぶ場面、カラスがフラメンコを選ぶシーン、本物のジプシー達を使った酒場のシーン。
全てにカラスの美しい歌声が流れてきます。

ゼフィレッリ監督は、三大テノールの1人プラシド・ドミンゴ主演で、「椿姫」「オテロ」の、素晴らしいオペラ映画を撮っています。
映画を撮りながら、もしここにカラスがいてくれたらと、思ったのかもしれません。
実際カラス主演のオペラ映画「トスカ」の企画はあったようで、土壇場でカラスがキャンセルしてしまったそうです。
プロモーターのラリーのモデルは明らかにゼッフィレリであり、ゼフィレッリは夢と終わったカラス主演でのオペラ映画を、映画の中で実現したのでした。

映画を作るうちに、カラスの中に、再び創作することの、そして歌うことの喜びが、芽生えてきます。

映画は素晴らしい仕上がりでした。
けれど試写で、カラスは最後まで観る事ができませんでした。
本当にあれは自分なのか。

「私のオペラ人生は幻想じゃなかった。真実だった」
というカラスの言葉を、唯一理解したのが、この企画を持ってきたラリーでした。

なんてカラスの歌への愛に満ちた映画だろうと思いました。
ゼッフィレリ監督は、カラスについて語らせたら、一晩では足りないのだろうと思いました。

カラスの代表的な歌、「蝶々夫人」「トスカ」「カルメン」、そして「ノルマ」の一つ一つを、とても効果的に使われていました。
その中の一つ、ベッリーニのオペラ『ノルマ』の中の“清らかな女神よ”は、ラリーの恋人マイケル(男性)である、耳の不自由な画家が、補聴器をつけて聴いた、もっとも素晴らしい音として愛し、美しい絵を描きます。
クレーの絵を思わせる、青い色の中に浮かぶ月の絵でした。
パンフレットによると、「清らかな女神よ」は、“Casta Diva(カスタ・ディーヴァ)”というのが原題だそうです。歌姫も女神も、同じディーヴァ。

この「清らかな女神よ」は映画のラストにも、流れます。

本物のカラスの姿を一度も映すことなく、映像の中でゼフィレッリは、カラスを蘇らせました。
カラスの歌への愛情は、人によって、それぞれ違うと思います。
中には、完全なフィクションである、この映画を好きになれない方もいるでしょう。

想いは人それぞれ。

画家マイケルがカラスの歌への想いを描いた月の絵のように、映像作家ゼッフィレリがカラスの歌への思いを描いたラブレターが、この映画なのでしょう。