星のない国

1946年/フランス/104分
監督:ジョルジュ・ラコンブ
製作:サッシャ・ゴルディーヌ
脚色:ピエール・ヴェリ/ジョルジュ・ラコンブ
台詞:ピエール・ヴェリ
撮影:ルイ・パージュ
音楽:マルセル・ミルーズ
美術:ロベール・ギー

キャスト
シモン/フレデリック(二役):ジェラール・フィリップ
カトリーヌ/オーレリア(二役):ジャニー・オルト
ジャン=トマ/フランソワ=シャルル:ピエール・ブラッスール

STORY
公証人見習生のシモンは、仕事中に突然ある犯罪の状況が頭に浮かび上がり、見知らぬ名前を書きつけていた。
訳の分からないまま調べていくと、その名前は100年前にスペインのトルヌピックという村で起きた事件に関係があるという事が解った。その事件とは、フレデリックという青年が、兄のフランソワ=シャルルに監禁されていた、いとこのオーレリアを救うため、自らも命を絶ったという悲劇だった。
調べを進めるうちに、シモンの前にオーレリアにうりふたつのカトリーヌという女性が現れ、やがて二人は愛し合うようになる。しかし、友人であり、兄のような存在でもあるジャン=トマもまたカトリーヌに心惹かれ、彼女に迫った。
シモンは、100年前の悲劇と自分達が同じ運命を辿ろうとしていることに気づき、その運命に必死であらがおうとするが……。





40年代半ばから50年代にかけて活躍した、類まれな美貌のフランスの映画スター、ジェラール・フィリップ。36歳の若さで夭折した彼の「生誕80周年記念特別企画 蘇るジェラール・フェリップ」で、日本初公開で、ジェラール初主演作である『星のない国』を観てきました。
新しくお洒落な雰囲気のミニシアターで、古いフランス映画を観るのは不思議な気持ちでした。昔からのファンであると思われる年配の方から、学生風の方、朝10時からのモーニングショーでしたが、入りは良かったように思います。やはり女性が多かったです。
インターネットとは違いファン同士で気軽にお話しできないことを、残念に思いました。
私がジェラール・フィリップの映画を最初に観たのは中学1年生の時、NHKで放送された『パルムの僧院』でした。
背伸びして読んでいた世界文学全集の中の作家の1人スタンダールが原作ということで観ましたが、美しく儚げで気品に溢れたジェラール・フェリップに、すっかり魅せられました。
自分の周囲にはもちろんテレビでも見たことのない美しい人を、どんな言葉で賞賛したらよいのか当時は分かりませんでした。
ジェラール・フィリップとの出会いは、古い映画作品を観るきっかけとなりました。

『星のない国』は前世の記憶を思い出した青年の悲劇を描いた作品です。
父の友人の事務所に公証人見習いとして働く青年シモン。
いかにも育ちが良く、真面目で穏やかで心優しい青年です。ところが真面目な彼が文書の作成に失敗を連続します。
書かねばならない人の名を、別な名前に書いていたのです。
自分ではそんな名前を書いたつもりはなく、間違えた名前にはまったく覚えがありませんが、その名前に不思議な胸騒ぎを覚えます。
疲れているのだろうと、父の友人である上司が、郵便では送れない大切な文書を直接スペインに届けて欲しいと、気分転換も含めた出張を頼まれます。
そしてシモンは家に帰る途中ふいに倒れ、見たこともない田舎の風景や墓場、そしてある殺人事件を見ます。
そんなシモンのところに借金を抱えた友人ジャン=トマが転がり込んできます。
冗談好きで明るいジャン=トマですが、何気なくシモンから金を借り、勝手にシモンの家のワインを飲んだり、シモンの飼い猫をぞんざいに放り投げたりと、どこか毒を感じさせる青年です。

スペインに行く途中の列車でふと見た風景に懐かしさを感じたシモンは、その村に途中下車します。

同じ頃、その村にカトリーヌという美しい女性が、母の危篤の知らせを受け取ってパリから戻ってきます。
ところが、宿屋を経営している母親は元気で、誤報だったと知ります。
駆け落ちで村を飛び出し、相手の男性と別れたカトリーヌを母はふしだらだと許していないものの、家におきます。

一方シモンは、幻影で見た墓場を見つけ、墓の一つに、仕事の文書に知らず書いた名前“オーレリア”を見つけます。
その墓場をたまたま通りかかったカトリーヌとシモンは出会います。
カトリーヌから、お金持ちだった“オーレリア”という女性は、死ぬ前に全財産を、慈善事業に寄付し、村では聖女と呼ばれていると告げます。
オーレリアに美しい幻影を描くシモン。
そして古い記録を調べているうちに、自分が見た幻影の殺人事件の被害者は、オーレリアの従兄のフランソワ=シャルルだと知ります。
気になったシモンはしばらく村に留まろうとしますが、村で一軒の宿屋であるカトリーヌの家はいっぱいで、紹介してもらった家は、偶然にも生前オーレリアが住んでいた家で、彼女の姪である老夫人が住んでいました。

そしてシモンとカトリーヌはいつの間にか惹かれあい始めます。
カトリーヌの家には、オーレリアの姪から買い取った、オーレリアの家具があり、その中からオーレリアの手記が出てきます。 オーレリアは大金持の家に生まれながら、父に愛されず小間使いのような扱いを受け、父は甥のフランソワ=シャルルに財産の全てを譲りました。 オーレリアを愛し、優しくしてくれたのは、フランソワ=シャルルの弟フレデリックだけでした。
一方フランソワ=シャルルは美しいオーレリアに欲望を抱き彼女に近づきます。行くところも財産もないオーレリアは耐えるしかありませんでした。

シモンはオーレリアの家で彼女のの肖像を見つけます。それはカトリーヌに生き写しでした。
そして過去と現在が交互に描かれ始めます。
過去の映像の中で、オーレリアの恋人フレデリックはシモンでした。
シモンの元へ親友のジャン=トマが訪れます。
驚くシモンにジャン=トマは横領の罪を犯して、パリにいられなくなったと告げます。
心配したシモンはお金を工面し、ジャン=トマを救おうとします。
しかしジャン=トマは、その工面してくれたお金を郵便局に届けると言いながら、自分のポケットにしまいこみます。
そしてシモンのいない隙に、カトリーヌに自分の好きな夜の街について話します。
ジャン=トマの話を聞きながら、カトリーヌは一瞬暗い眼差しになり、自分も夜の街を歩くのが好きだと告げます。

過去の中のフランソワ=シャルル、それはジャン=トマの姿をしていました。

過去の中でフレデリックはオーレリアと駆け落ちの計画を立てます。現代では、シモンがカトリーヌとの結婚を考え始めます。

一方ジャン=トマは、カトリーヌを口説こうと彼女の家を訪れた時、オーレリアの使っていたクローゼットの二重扉を見つけ、オーレリアが書いた手紙を見つけます。
それは思いもかけない内容でした。

オーレリアは逃げるのではなく、自分から全てを奪った人間達に、復讐を望んでいたのです。
一方カトリーヌもまた、裕福な育ちのシモンに自分が釣り合わないと感じ始めていました・・・。

人を疑うことを知らないシモンとフレデリックが悲劇的です。
犯罪と欲望を感じさせるジャン=トマとフランソワ=シャルル、父に疎まれ教育を受けずフレデリックに教わるまでは字も書けなかったオーレリアと、駆け落ちをして町を出た後も後も男性遍歴を重ねたカトリーヌは黒の面が浮かび上がります。
外見も心も、あまりに美しく繊細なシモンとフレデリックは、限りなく白の存在です。
ジャン=トマとカトリーヌはシモンに、オーレリアはフレデリックに惹かれ愛情を感じていたことは間違いないと思いますが、その白さ汚れのなさを受け入れられない悲しみや羨望、憎しみを感じていたように思います。

この映画でもっとも美しかったのは幻の美女オーレリアではなく、シモンとフレデリックです。
シモンとフレデリックを演じたジェラール・フィリップの、一点の曇りのない美しさは、観ている私自身もとても優しい気持ちに、せつない気持にさせます。
自分自身を犠牲にできる愛情は母性愛以外に信じられない気持でしたが、ジェラール・フィリップを観ていると、彼さえ幸せならばという気持になります。
好きだと言う気持を永遠に恥じることなく、汚れることなく安心して好きだと思える人、それがジェラール・フィリップの素晴らしさです。
ジェラール・フィリップの初主演作『星のない国』は、その想いを再確認させてくれました。