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Flowers of Ophelia
Act 4 Scene 5



『ハムレット』 第4幕第5場の花々 ローズマリー、パンジー、オダマキ、スミレ
Rosemary, Pansy, Columbine, Violet - Hamlet, Act 4, Scene 5
Jane Elizabeth Giraud, The Flowers of Shakespeare, 1846.



OPHELIA
There's rosemary, that's for remembrance; pray,
love, remember: and there is pansies. that's for thoughts.

LAERTES
A document in madness, thoughts and remembrance fitted.

OPHELIA
There's fennel for you, and columbines: there's rue
for you; and here's some for me: we may call it
herb-grace o' Sundays: O you must wear your rue with
a difference. There's a daisy: I would give you
some violets, but they withered all when my father
died: they say he made a good end,--


HAMLET, Act 4, Scene 5

オフィーリア

(レアティーズに)はい、これがローズマリー、忘れるなっていう徴(しるし)──あたしを忘れちゃいやよ、いいわね──それから、これはパンジー、物思いの徴。

レアティーズ
狂気にも教訓があるということか。物思って忘れるな、おれにぴったりな教訓だ。

オフィーリア
〔王に〕 あなたにはウイキョウ、それからオダマキ。
〔王妃に〕 あなたにはヘンルーダ、あたしにも少しとっときましょう。これは安息日には恵みの花って呼ばれるの──あら、同じ花でも、あなたとあたしとでは、つける意味がちがうわね。ヒナギクもあるわ。あなたにはスミレをあげたかったのに、みんな枯れちゃった、お父さまが亡くなったときに──安らかな御最期だったとやら──

『ハムレット』 第4幕第5場より
野島秀勝/訳 岩波文庫 『ハムレット』


Dorothy Tutin at the Shakespeare Memorial Theatre, 1958.



 シェイクスピアの作品にはたくさんの花々が出てきます。伝統的な花言葉など、それぞれが意味を持ち、各場面で象徴的に使われます。
 『ハムレット』の中にも様々な花が登場し、特に狂気に陥ったオフィーリアが宮廷で差し出す花々(第4幕第5場)や、川に落ち亡くなる時に作っていた花冠の花(第4幕第7場)などが印象的です。

 まずはその第4幕第5場です。恋人ハムレットに冷たくされ、そして父ポローニアスをそのハムレットに殺され、ついに正気を失ってしまったオフィーリア。誰の顔も分からなくなり、訳の分からない歌を歌うばかり。そんなオフィーリアがデンマーク宮廷の大広間に入ってきます。みだれた髪は花にまみれ、たくさんの花を抱えて、見るも痛々しい様子です。そこには国王夫妻のほかに、オフィーリアの兄、レアティーズがいました。レアティーズはフランスに行っていましたが、父の死の知らせを聞いて、真相究明と復讐のために帰ってきたのです。


Walter Crane, Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.


 オフィーリアはもはや兄のことさえ分からず、人々に花々を配り歩きますが、その花の象徴的な意味が、それぞれの人物に適切にあてはまります。
 まず兄レアティーズを愛するハムレットと間違えたのか、“愛しい人”と呼びかけ、ローズマリー(和名:マンネンロウ)とパンジー(三色スミレ)を手渡します。

「ローズマリーよ。思い出のしるし。愛しい人、お願い、私を忘れないで。」



William Gorman Wills, Ophelia and Laertes.



Rosemary, Shakespeare's Flowers, 1911.

Alexander Lydon, Rosemary and Violet, 1849.


 ローズマリーは常緑低木で薫り高く、薬用、香辛料として使われる、人気のハーブです。花言葉は「思い出」「記憶」「節操」「変わらぬ愛」です。オフィーリアのハムレットへの愛がこの一枝に込められています。そしてローズマリーは古くから頭や脳の病気を治す薬と信じられてきました。狂気の中の正気、変わらぬ愛、そして続くオフィーリアの言葉の中には真実が込められています。


Walter Crane, Rosemary [Hamlet], Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.


 ローズマリーに続きオフィーリアはレティーズにパンジー(三色スミレ)を渡します。
「それからパンジー、ものを思うしるしよ」



Thomas Francis Dicksee, Ophelia, 1865




Alexander Lydon, Heartsease (Pansy), 1849.

ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテ 「パンジー」
Pierre-Joseph Redoute, Pansy, 1827-33.


 パンジー(三色スミレ)は晩秋から春先にかけて花壇を彩る日本でも人気の花ですが、シェイクスピア作品の中のパンジーはその原種と言われる野生種で、もっと小さな1〜2.5cmの花を咲かせます。
 パンジー(Pansy)という言葉はフランス語のPensée(思考)から来ています。花の形が人が考えている姿に似ているからで、特に「恋の思い」の象徴です。花言葉もまた「物思い」「思慮深い」「心の平和」「思想」です。この花もまた、ローズマリーと同様、ハムレットへの想いが込められているのでしょう。


Walter Crane, Pansy [Hamlet], Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.


J・J・ランヴィル 「変身する花々」より パンジー 1847年
J. J. Granville, Pensée (Pansy), Les Fleurs Animees, 1847.


 続けてオフィーリアはクローディアス王に「あなたにはフェンネル(ウイキョウ)、それからオダマキ」と2種の草花を渡します。
 薫り高いハーブのフェンネルは、古代ローマから野菜、薬用香辛料として栽培され、中世には魔よけとしても使われました。
 フェンネルの象徴は「追従、おべっか」。クローディアスは兄である先王の妃ガートルードにおべっかを使って関心を買い、また今は王として、亡くなったオフィーリアの父ポローニアスのような追従者達におべっかを言われています。
 またフェンネルは、ヘビの好む花として信じられていました。体をこすりつけると脱皮しやすくなるからです。その一方でヘビの咬み傷の治療薬としても使われています。そのことから、ハムレットの父王に毒を注ぎ、咬み殺したヘビとして、クローディアス王に渡す花としては相応しいといえます。



Walter Crane, Fennel [Hamlet], Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.


 オフィーリアが王に与えたもう一つの花オダマキ(セイヨウオダマキ)、英名Columbineは、ラテン語のcolumba(鳩のような)から来ています、逆さに咲いた花の形が鳩がとぶ姿に似ていることから名づけられました。葉が三つに分かれていることから、キリスト教の伝統の中で、三位一体の象徴とされ、中世から、聖母子像を中心とした宗教画に描かれた高貴な花で、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画『岩窟の聖母』の背後にも、このオダマキは描かれています。


Leonardo da Vinci, Virgin of the Rocks (detail), 1506, National Gallery, London.


 その一方でオダマキは不義密通、忘恩、嫉妬を象徴しています。花の後ろが角のようにも見えることから「寝取られ男(浮気をされた夫)には角がはええる」として、また男根と形が似ているとためで、それが不義密通の象徴となりました。兄弟の未亡人と結婚することは近親相姦の罪とされていた当時、クローディアス王に相応しい花と言えます。


Walter Crane, Columbine [Hamlet], Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.


 次にオフィーリアは、ハムレットの母である王妃ガートルードにヘンルーダを渡します。
「あなたにはヘンルーダを。私にも少し取っておきましょう。これは安息日の恵み草とも言うの。ああ、あまたのヘンルーダは私と違った風におつけにならないと…」
 ヘンルーダはハーブの一つで、古代から万能薬として重んじられてきました。そのことから「恵みの草」と呼ばれたのでしょう。
 そしてこの花は「悔恨」と「悲しみ」の意味を持ちます。ガートルードへは先夫の弟との欲望に任せた早すぎる結婚への「悔恨」、そしてオフィーリア自身には「悲しみ」として身につける意味があるのでしょう。


Walter Crane, Rue [Hamlet], Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.


 そして次にデイジー(ヒナギク)を差し出します。
 「デイジーもあるわ」


Marcus Stone, Ophelia, 1888.


Maud Roxburgh, Daisy, 1904.


 このオフィーリアのデイジーは「欺瞞」「虚偽」「不実」を意味するとされ、その後に続くスミレの「忠実」と対になります。
 けれど一方で、この可憐で清楚な花の花言葉は「無邪気」「純潔」。清純な愛の花でもあります。オフィーリアの実ることのなかった「悲しい恋」のデイジーと解釈してもいいでしょう。
 デイジーは、後にオフィーリアが川で溺れ死ぬ間際に作っていた花冠の花としても登場します。


Walter Crane, Daisy [Hamlet], Flowers from Shakespeare's Garden, 1906.

 オフィーリアはガートルードにヘンルーダとデイジーを渡すと続けてこう言います。
「あなたにスミレの花もあげたいのだけれど、お父さまが亡くなった時に全部枯れてしまったの」
 スミレは「忠実」の象徴とされています。ここでデイジーの象徴である「不実」と共に、ガートルードに先夫に「忠実」で、長く悼むべきだったと匂わせています。
 小田島雄志訳の『ハムレット』でも「…それから不実なヒナギクも。ほんとは忠実なヒナギクをあげたいのだけれど、みんなしおれてしまった、お父様が亡くなった日に」と意訳されています。
 けれど、オフィーリアのスミレは、他にも意味があります。



Birkett Foster, Violet, Common Wayside Flowers, 1873.


 オフィーリアの兄、レアティーズは第1幕第3場で、オフィーリアにハムレットとの恋をスミレの花のはかなさにたとえて、こう忠告しています。

LAERTES
For Hamlet and the trifling of his favor,
Hold it a fashion and a toy in blood,
A violet in the youth of primy nature,
Forward, not permanent, sweet, not lasting,
The perfume and suppliance of a minute.
No more.


HAMLET, Act 1, Scene 3

レアーチーズ

それから、ハムレット殿下のことだが、殿下の気まぐれなご好意は
結局、若さのさせる一時の浮気だと思わなきゃいけないよ。
早咲きのすみれの花のようなものさ、言ってみれば。
咲くのは早いがすぐしぼんでしまう。見た目にはきれいだが永もちはしない、
あれはただほんの束の間の香り、一瞬の慰めだ、
それだけだよ。

ウィリアム・シェイクスピア 『ハムレット』 第1幕第3場より
三神勲/訳 河出書房新社 世界文学全集 I  シェイクスピア



 スミレは春に先駆けて咲く可憐な花、香り高く美しいけれど、夏の陽をあびることなく消えてしまうはかないもの。そのはかなさをレアティーズはたとえたのです。
 父ポローニアスが亡くなった時に枯れてしまったというスミレは、その言葉の通り、はかない恋の終わりも暗示しているのでしょう。
 スミレの花言葉は「純潔」「誠実」「小さな幸せ」「愛」です。はかなくとも、間違いなくそれは誠実で純粋な愛でした。受け入れられず、狂気を招いてしまうほどの。

 川で溺れ死んだオフィーリアの葬儀は簡素なものでした。牧師はレアティーズに、オフィーリアの死は不審な点が見られるから、弔歌を歌うことも死後の安寧も祈ることも許されない、国王の命令さえなければ、墓地に埋めることさえできなかったと告げます。
 レアティーズは怒りと悲しみと愛情のあまり、オフィーリアの墓に飛び込み、一緒に埋めてくれと叫びます。
 その後で、旅から戻り、葬儀に来合わせたハムレットが自分の方がもっとオフィーリアを愛していると墓に飛び込むのですが。


LAERTES
Lay her i' th' earth,
And from her fair and unpolluted flesh
May violets spring! I tell thee, churlish priest,
A minist'ring angel shall my sister be
When, thou liest howling.

HAMLET, Act 5, Scene 1

レアーチーズ

墓の中へ入れろ!
そうすれば彼女のけがれのない美しい肉体から
すみれの花が咲き出すわ!(棺が墓の中へおろされる)やい、くそ坊主、
おれの妹はな、きっと立派な天使になっているぞ、きさまが
地獄で泣きわめいている時分にはな。

『ハムレット』 第1幕第3場より
三神勲/訳 河出書房新社 世界文学全集 I  シェイクスピア




John Everett Millais, Ophelia (detail), 1851-1852.