絵画:ローレンス・アルマ=タデマ 「アンピッサの女たち」(1887)
Sir Lawrence Alma-Tadema The Women of Amphissa 1887
MIDI:ドリーブ 歌劇『ラクメ』より 「フラワー・デュエット」

この絵画は、アルマ=タデマが描いた作品の中で、もっとも大きな作品(121.9×182.9cm)で、実際の歴史上の事件を扱った最後の作品になります。

イタリアの西ロクリス地方の都市アンピッサは、パルナッソス山から西方に至る街道を支配下に治めていました。
酒神デュオニュソス崇拝の祭で知られていましたが、紀元前350年フォキスの兵士たちにより領地を侵犯される事件がありました。
そのため巫女達が宗教儀式の熱狂で、疲れ果てているところを、兵士たちに襲われたらと、危ぶまれていました。

そこで巫女たちが儀式を終えて、アンピッサの町にやってきた時、町の女たちは夜通し巫女たちを取り囲み、その身を守り、翌朝彼女たちが目覚めると、食事をふるまい、安全な場所まで彼女たちを送り届けたのでした。

この絵画で、アルマ=タデマは、南イタリアやアテナイで出土した各種の壷と、ヒルデスハイム出土の銀製クラテール(見づらいのですが、画面左の方の女性が抱えている壷です)を、時代を無視して、一緒に描いてています。

なおアンピッサのあるロクリスは、ギリシャ神話のトロイア(トロイ)戦争に登場する勇将の1人、小アイアスの出身地です。
ギリシャ側には、2人のアイアスという人物がいたので、大アイアス、小アイアスと区別されています。
小アイアスはロクリスの王で、トロイアの王子パリスと駆け落ちした、スパルタ王妃ヘレネ(ヘレン)の求婚者の1人でした。
トロイア戦争の時にロクリス勢40隻を率いて戦った俊足の勇将でしたが、トロイア落城の際、神殿に逃げ込み、知恵と戦いの女神アテナの木像に抱きついていた、トロイア王女カッサンドラを陵辱して神殿を汚し、アテナの怒りをかいます。
そしてトロイアからの帰還の途中、アテナに船を破壊され、しがみついた岩を海神ポセイドンに砕かれて死んでしまうのです。

小アイアスの物語は、この絵画とは関係ないのですが、アンピッサの巫女と、哀れなトロイア王女カッサンドラが重なってしまいました。

お話を『アンピッサの女たち』に戻します。
画面中央の円盤装飾の真下に立っている女性は、アルマ=タダマの2度目の妻で、彼女自身も画家だったローラです。