音楽:セレナード第10番「グラン・パルティータ」 K.361 第3楽章
W.A.Mozart, Serenade for winds and contrabass in Bb, K.361, 3rd Mvt.



絵画:ジャン・オノレ・フラゴナール 「盗まれたキス」
Jean-Honoré FragonardThe Stolen Kiss, 1787-89.


1781年、サリエリはウィーンで催されたモーツァルトのコンサートに赴きます。

6歳にしてその神童ぶりで世間を驚かせたモーツァルトは、
音楽家の父親に連れられて、ヨーロッパ各地を演奏旅行しました。
そんなモーツァルトは、少年時代のサリエリの憧れでした。
そしてそのコンサートで、26歳になったモーツァルトが曲を披露するのです。
どんな人間だろうと、サリエリは会えるのを楽しみにしていました。

コンサートを主催したのはザルツブルク司教の宮殿でした。
コンサートの始まる前、きらびやかなゲストの中を、
サリエリは誰がモーツァルトなのか探しまわります。

そるとその時、ビュッフェに運ばれていくお菓子に目が吸い寄せられます。
甘党のサリエリはつまみ食いの誘惑にかられて、誰もいない私室にしのびこみます。

そこへ突然若いカップルがけたたましく駆け込んできました。
少年ぽさの抜け切らない若者と、やはり少女然とした、でも胸だけは大きな女性。
サリエリは咄嗟に物陰に隠れます。
カップルはサリエリに気付かず、下ネタ満載の会話で、イチャつきます。
特に男の方が下品で、甲高い声で笑うのが耳障りでした。





その時、広間の方から美しい音楽が聞こえてきます。
するとカップルの男の方が顔をあげ、叫びます。

「僕の曲だ!」

会場に駆け出していく若者を見ながら、
サリエリはあんな下品な若者がモーツァルトだとはと衝撃を受けます。
けれど更に流れてきた音楽に、大きな衝撃を受けます。



出だしは驚くほど単純だった──

バスーンやバセットホルンがぎこちなく響く、さびついたような音。
だが突然その上にオーボエの自信に満ちた音色
そしてクラリネットがその音を引き継ぐと
甘くとろけるような調べとなる──

猿に書ける音楽ではない。
初めて耳にするような音楽。
それは満たされぬせつない思いにあふれていた。

── まるで神の声を聴くような音楽だった。



なぜ?

なぜ神はかくも下劣な若造を選んだのか?




そのサリエリが衝撃を受けた曲が、
セレナード第10番 K,361 「グラン・パルティータ」の第3楽章でした。